転職をした際に変えた行動や考え方

子育てママの社会進出

アラサーが転職をした際に変えた行動、考え方

日本で営業職を5年していた私が、アメリカでの4年間の無職期(非労働ビザ+子育て)を経て、デザイン職にキャリアチェンジしました。その時、息子は2歳でした。振り返ると、あの時に思い切って本当によかったと思います。その時の5つの行動をお伝えします。

転職+ママ業、物理的に時間が無さすぎる問題

息子との時間を作るためには、ある時間を工夫をせざるをえません。

私は料理が大好きです。でも最近思うんです。1時間かけて美味しいご飯を作るか?30分で出来る美味しいものを作って、残りの30分勉強するか?私はキャリアチェンジを経て前者から後者に考え方が変わりました。1日24時間しかありません。毎日の積み上げは大きな時間を生み出します。勉強は最低30分は毎日続けるだけでも365日続ければ一年で182時間にもなります。SNSをだらだら見ていても、テレビを惰性で見ていても、その積み上がらなかった時間は二度と戻ってきません。なので家事は極力時短し、徹底的にダラダラし、自分の時間をいかに作るか考えて生きるようになりました。するといつもの光景が違うものに見えるようになりました。若い時からそう考えることができていたらなぁ。

「独学」は3ヶ月から1年、自信がなくても実践に入る

短期で勉強しようと決めると、だらだらやるよりも勉強量を確保できます。ただ、机の上の勉強は、つづけても実践には実際あまり役に立ちません。完璧な知識を目指すより、知識が中途半端でも許される環境を見つけて実践を積むことが大切です。

特に英語の勉強は終わりがありません。私は1年半も語学学校に通いましたが、もっと早く英語をつかう環境に飛び出すべきだったと反省しています。

デザインの勉強も、独学から、養成所、就職とやってきましたが、実践は机の上ではできない事だらけでした。

 

3、まず、手の届くところから応募してみる

一歩踏み出すと、見える世界が変わってきます。私にとって、当時、英語もまったく理解不明、デザイン経験も薄い中、デザイナーとして就職するということは全く雲の上の話でした。階段を登るように、少しづつやりたい道に登ってきました。

階段1: ESL語学学校
2014年、アメリカに来た当時は英語が全くというほど皆無でした。意味がわからない言葉をノートの隅にカタカナで書いていましたが、当時のノートを見返すと「ディフェレント」と書いていました。それくらい酷かったです…そこで1年半、第一子が産まれるまで勉強して(遊んで)いました。当時の私にはESLから抜け出す事が怖かったですが、今思えばもっと早くに何でもいいから就職活動をしてしまえばよかったと振り返ります。

階段2: 日本食レストラン
私はまずアメリカの日本食レストランに応募してみました。英語での仕事は全くの初めてだったので英語恐怖症を克服しようと思いました。辞めてからも、日本食のサーバーならまた望めばいつでも働けるなと分かり、少し自信がつきました。そのレストランで働いたのは2ヶ月だけでしたが、それでも一つの壁を登ったことで、次のアナリストの仕事をしたいという勇気に繋がりました。

階段3: 日本語を活かしたアナリストの仕事
日本語寄りの英語の環境のオフィスワークで、6ヶ月働きました。日本語を活かしたオフィスワークもまた、望めばいつでも働けるなと分かり、少し自信がつきました。

階段4: プロダクトデザイン養成所
ESL以外の英語だけの学びの場に初めて行きました。当時周りには日本人はゼロ!デザインも未熟でしたが養成所は失敗を許される唯一の場所だと思ってたくさんの恥をかきました。そしてなんとか3ヶ月で卒業し、その経験をもとにポートフォリオを作り、就職活動をしました。

階段5: IT企業デザイナーとして就職
まだまだできないことだらけですが、ジュニアとして雇ってもらえることになりました。ついにずっとやりたかった職につかせてもらって感謝でいっぱいです。長く働きたいと思っていましたが、コロナの影響と第二子出産を期に1年で退社しました。

フリーランスデザイナーとしてのはじまり
フリーランスデザイナーになるには未経験ではありえません。プロダクトデザイン養成所の経験、IT企業デザイナーとして就職で経験があったから、フリーランスを目指す土俵に立つ事ができました。第二子(第三子?)出産の間、企業に所属せず自分のペースでデザインについて考え続ける事ができる選択肢があることは何と幸せなことでしょう。フリーランスとして子育てが落ち着いたらまた、IT企業でデザイナーとして働きたいです。それまで英語をもっと勉強し、実務経験を増やさなくてはいけません。

4、今が一番若い

若さは体力であり気力です。一方キャリアチェンジは今やっても後でやっても企業から求められるハードルの高さは変わりません。もしかしたら、今ならまだチャンスがあるかもしれません。でも、年をとるとチャンスすらもらえない可能性があります。

女性の働き方で一番大変なことの一つは、出産子育てによって一旦キャリアを離脱せざるを得ないことだと思います。もし、やりたいことがあるのなら、子供が小さいことを言い訳にキャリアチェンジを後回ししないほうがいいです。子供の人生は子供の人生。子供が育った時にも、ママが「自分の人生」を生きられるよう。キャリアチェンジを考えるなら早いに越したことはないです。ちなみに私は4年間就労ビザがなくて専業主婦+子育てだけをしてきました。私は長く社会に交わっていないと、社会に戻るのはどんどん怖くなりました。社会との交わりが無い期間が長くなればなるほど社会復帰は難しくなります。

男性にも言えることです。家庭を持つと責任が大きくなります。主人はいつも子供が生まれる前の身軽な時にもっと挑戦しておけばよかったと言います。起業にしても転職にしても大きなリスクを取りやすいのは子供が生まれるまでです。

5、過去の職歴を繋げる

私は日本で金融系の営業を5年していました。そして今はアメリカで英語でデザインを仕事にしています。キャリアチェンジをする際、自分の職歴が全く違うことに悩むことがありました。面接では日本での営業の事を隠そうかと思ったくらいです。

しかしプロダクトデザイン養成所のキャリアの先生に言われてハッとしました。「デザイン一筋で生きて来た人はビジネスの経験がない。でもあなたはビジネスが分かるデザイナーなんじゃない?」と。ものは言いようです(笑)しかしその一言で、わたしの劣等感は自信へと変わりました。どんなことでも過去の職歴は繋げられるんです。

その先生は、大学の学部の選択から先は全て、過去の自分が選んだ道だとおっしゃっていました。スティーブジョブズの点を線にするのようにかっこよくはいかなくとも、過去の自分の選択を繋げる事は自分の強みを理解することに繋がるのではないでしょうか。

みなさんも、たとえ今目指す自分の姿が、過去の職歴と違ったとしても、それらの全ての経験を生かして、繋げて、『今』やりたいことを目指して、キャリアチェンジしていけたらいいのかなと思います!あきらめなかったら何でもできます!!


2014年に夫の駐在の帯同でサンフランシスコに渡米し、4年間の無職期(非労働ビザ+子育て)を経て、2018年、就労ビザであるグリーンカードを取得しました。

[日本職歴]
-金融系営業 5年

[アメリカ職歴]
2018- 日本食レストランのサーバー
2018- 日本語を活かしたアナリストの仕事
2018- プロダクトデザイナー養成所でスタートアップ3社とコントラクター
2018- エンタープライズ系にてUIUXデザイナー
2021- フリーランスデザイナー

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